デキル営業を起点した営業力強化は限界

デキル営業の延長線上で効果が出ていなければ、それは、していないのと同じです。
であれば、その路線はあきらめ、違うことをさせたほうがいいはずです。
しかしながら、多くの企業が、この路線を進んでいます。

現在、伸びている会社であれば、今のやり方を変える必要はありません。
ただ、残念ながら、会社は永遠に伸びつづけることはありえません。
必ず浮き沈みがあるものです。

限界に達すると必然性を生み出します。
この道しかないという道が見えてきます。
ただ、限界に到来してしまったら企業は倒産です。


SFAで見えてしまった営業の現実

SFA(営業支援システム)というものがあります。
これは、デキル営業に近づけるために情報化を活用することでした。
デキル営業の手法を徹底的に分析し、それをシステムに組み込むことで、誰もがデキル営業に変身させようとするものでした。
そして、日常の営業活動の中に情報化を組み込むことで、否応なしに日々実践せざるおえず、
やがてスキルアップやノウハウ化が定着し、デキル営業へ変身させるという発想に基づいていました。

しかしながら、現実は、
SFA(営業支援システム)では「営業のスキルアップにつながらない。やっぱりコイツはダメだな~が明確になるだけ」。
このSFAのシステムを本業としている自分にとっては、かなりショッキングであったが、
思ったような成果があがらない理由は何か?
これが、この本を書くきっかけになっている。



デキル営業では強い会社は作れない理由

競争に感覚を研ぎすまし、
顧客の意見に注意深く耳を傾け、
新技術や新ニーズに積極的に投資する。
それでもなお、市場での優位性を失うことがある。
それはなぜかと尋ねたら
強い会社になるための仕組みがないからである。


ダメ営業による営業のダイバーシティー化

ダイバーシティーと対極にある営業の考え方
同じモノサシを使って、営業を改善しようとする考え方になる

ダメ営業という言葉に愛着を持っている。
なぜなら、自分もダメ営業だからである。

デキル営業の役割、ダメ営業の役割を、どう切り分けてデザインするか
営業の役割を決めるためには、どんな役割があるのか知っている必要がある。

ダメ営業は、営業のダイバーシティー
何も多国籍の人材を採用することではなく、営業に多様性を持たさせて
売上というモノサシだけで、営業を構築しないことになる
もしかしたら、それは従来の営業という言葉を超えて、
全社で取り組むことなのかもしれない


売上げを2倍にするためには

扱っている商材はそのままで営業だけで売上げを2倍にするためには、どうしたらいいでしょうか?
2倍働いてもらうか、2倍の営業マンを採用するか
営業マンの生産性を向上させるのか?
たとえば、5人の営業マンが20%生産性を向上すことができれば、一人雇用するのと同じ効果を出すことができます。
生産性を倍増できたなら、同じ人数で売上げは2倍になることになります。
そもそも市場が飽和状態だから、いくら数を増やしても、生産性を向上させても無理とか?
数で勝負しようとすれば、一人あたりの売上高は減少し、経費がかさむばかりで現実的に利益になりません。



経営者が優秀な営業マンだったら

経営者が優秀な営業マンであれば、その会社には未来がない。
つまり、企業成長が出来ない。
最初に理由を言ってしまうと、それは、経営者のような優秀な営業には、誰でもが成れるわけではないからである。
真似しろと言われて真似できるものではない。
それにも関わらず、それを目指して仕組みを作ろうとしている。
仮に優秀な営業になれたとしても、硬直化、自己目的化してしまうため、企業成長につながっていかない。
この2つが企業成長できない理由になる。
同じことを、別の言い方をすれば、企業成長するために、少しでも優秀な社員を採用したがる。
優秀な人は、その人が優秀なのであって、周りの環境は関係なく、環境が駄目なら自ら変える力も持っている。
それは属人的なもので、組織や企業を強くするものではない。
その優秀な社員が居なくなれば、同時にすべて消えていく。
それが、企業成長になると信じている。
しかし、残念ながら、これでは企業成長出来ない。
それは無駄な努力しているだけで、企業は疲労していくだけである。
なぜ、無駄に終わるのか?
その理由は何か?
では、企業成長をするためには、誰が担い手になり、何をしなければならないのか?
今までの失敗の経験から考えてみたい。



デキル営業を目指すのは無駄である

本屋に行けば営業の本はたくさんある。
自分もCRM/SFA(営業支援システム)を開発するときに、100冊以上の営業の本を読んで、そのノウハウを組み入れたりした。
営業の仕事をしているなら、その手の本を1冊ぐらいは読んだことがあるだろう。
本の中身を日々実践が出来ていれば、世の中デキル営業だらけになっているはずである。
でも何も変わらない。
ということは、そこに書かれていることは非現実的であり、俗人的な世界である。
もしくは、ある特定の状況にしか通用しない営業ノウハウになっている。
たとえば、銀座での接客が、ファーストフードの接客に応用できると思えば、そこにはやはり無理があるわけだ。
また、巷の経営本や営業本には、共通項がある。
かならず「こう変われが幸せ」のオンパレードである。
すべて前向きで、こう変わればいいというものだ。
とにかく、今を捨てて、変わらなければ幸せになれないという論旨である。
言われても出来ないから、現状があるわけで、やらなければならないと、出来ないことを無理して続けていても、生産性は悪いし、疲れるだけである。
言ってみれば、ダイエットに似ている。
がんばっている状態はいつまでも続かない。
つまり、ダイエットの成功者と同じぐらいの比率しかないと思われる。
この、「変わらなければいけない」という前提に対して、別の手段を考える必要があるのではないだろうか。
もしくは、変わって欲しい方向性に無理があるとすれば、無理のない変化が必要ではないか?
最初に思うのは、営業は売上がすべて。
この前提から崩すことはできないか?
思い切って、売上げを追求しないという宣言は出来ないものだろうか?
その変わりに、営業が新しい役割を担うという方向性には無理があるだろうか?
売上は営業の頑張りではなく、会社全体の結果として、捉えることが出来ないだろうか?
売上を上げるのが得意なデキル営業の延長線上で捉えられる。
各種の営業課題を破棄することは出来ないだろうか?




デキル営業は、会社を強くしない

営業には他の仕事と異なり、1つのかなり明確なモノサシが存在している。
そのモノサシとは売上であり、予算達成である。
そのモノサシで測って、デキル営業とダメ営業に分かれていった。
数値化することが難しい仕事をしていたとしたら、彼らは一体どうやって自分の「やっていること」をアピールするのだろうか。
営業の場合は、アピールすることすら許されない。
すべては、売上というモノサシで図られる。
1つのモノサシだけを使い続ける会社は強くなれない。
そのような環境の中にいる営業であるが、仮にデキル営業になったとしても、会社は強くならない。
言い換えると、デキル営業は売上という数字をあげるためには役立つが、会社を強くするために必ずしも役立たない。
そこには、デキル営業の構造的な問題が存在する。
構造的というのは本人の問題ではないことである。
会社自体として、必然的に限界が出てくる。
優良企業がいつまでも優良企業ではないと同じである。
会社として、改めて強化していくべきことは何かを考えてみる。
それは、端的に言うと、デキル営業がやりたがないことになる。
ズバリ売上につながらないことはやりたがらない。
そこに費やす時間はすべて無駄であり、無駄を少しでも無くすために日々努力をしている。
具体的に言えば、売りにつながらないお客さんはすぐに見切る。
相手にしない。
これも、立派なデキル営業のノウハウになっている。
また、クレームとかもやりたがらない。
クレームこそチャンスという本もあるが、そもそもそんなにクレームだらけなら、会社としてどこかおかしい。
そういう会社にわざわざデキル営業が勤めるとも思わない。
強い会社の定義が売上だけだとすれば、この論理は矛盾する。
売上はあくまでも今の状態を示しているだけであり、将来に渡っても強くいつづける会社とは似て非なるものになる。
なぜ、強いと言われていた会社がダメ会社になってしまうのだろうか?
では、では、だれが強い会社の担い手になるのだろうか?
それを担うのが、まさにダメ営業という発想である。
今の延長線上で考えるとダメのままだが、少し視点を変えることでダメでなくなるばかりか、会社を強くするための源泉になる。
まあ、本当のダメは論外であるが、、、現状を認識する、要素を明確にする、実践するという3部構成で話を進めていきたい。




一向に格差が縮まらない売上格差

同じ商品を、同じツールで、しかも同じ時間だけ働いていながら、優秀な営業マンと普通の営業マンの売上格差は数倍あるのが普通です。
さらに、できない営業マンであれば、その格差は数十倍ということもあります。

出来る人は勝手にやってくれる。
出来ない人をどうするか?
つまり、出来ない理由を知ることで、企業が強くなる方法論が取られてきた。
しかし、それは無理、幻想である。
だからいつまでも変われないダメをデキルにしようとしている。
しかし、そのやり方は間違っている。
無理がある。
これを起点に、営業強化プログラムは実施してきましたが、一向に格差は縮まらない。
この延長線上で考えていれは、いつまでもダメのまま、この路線をあきらめて、違う路線を目指すべきではないでしょうか。
現状のダメを強化しない、発想を逆転することで可能性は無限大になる。
ダメだからこそ、出来る仕組みがある。
営業の役割を再定義し、再定義といっても延長線上で定義しない。
今までとは発想を変えてしまう。

デキル人との社内比較

・月間訪問回数
・1回受注を取る商談回数
・1訪問あたりの売上高(売上高/月間訪問回数)
・商談目的の分析(プレ、調整、フォロー)
・内勤、外勤比率(訪問時間/月間労働時間)

この数値を比較すれば、違いはあきらかに出るでしょうか?
しかし、同じように努力しても、同じ結果になりません。




売上格差の解消をする

従来の営業力強化とは、売上格差の解消であり、少しでも、全員が、デキル営業になるようにすることである。
同じ商品を同じ営業時間で売っている。
それなのに、デキル営業と普通の営業の売上格差は数倍あるのが普通です。
さらに、ダメ営業であれば、その格差は数十倍ということもありえる。
売上拡大余地が大きい。
スキルアップ余地が大きい。
そこを狙って、様々な改善策が実施される。
しかし、それは無理、幻想にすぎない。
そもそもこの「デキル営業に育てる」という方向性が間違っている。
もし、これがもっとも効果的な手法であれば、全員がデキル営業だらけになっているはずである。
そんなことはない。
いろいろな試みが実施されているものの、いつまでも変わらない。
そろろろ180度発想を変える必要がある。
また、発想を変えることで、そこには無限の可能性が広がるはずである。



なぜ、デキル営業に近づけたがるのか?

デキル営業の定義は簡単で、他の営業より、売上が高い営業のことです。
それゆえ、売上を上げるためには、一人ひとりの営業の売上をアップしていくしかないためです。

売上拡大余地を限界まで攻められる営業です。
余地を埋めていくことがうまい営業です。
つまり、売上拡大余地は残っていない。
やることはすべてやっている営業です。

同じ商品を同じ営業時間で売っている。
それなのに、デキル営業とダメ営業では、売上格差は数倍売上拡大余地が大きい。
スキルアップ余地が大きい。
余地が大きれば、小さな改善で大きな効果が得られるはずである。
小さな改善なら可能なんだから、がんばりましょうというのが、大きな方向性。
では、小さな改善とは、具体的に何なのか?
それを明確にして、実践していくことで、効果につなげていく。
それが、営業のマネージャーの仕事になる。

売上をあげたくない営業はいない

売上格差を解消したい。
また、売上をあげたくない営業はない。
この2つから導き出されるのが、デキル営業に近づける育成営業改革です

営業=売る人
というイメージからの脱却

これからの時代、商品やサービスを出せば売れる時代は終わり、営業という活動が今まで以上に重要、かつ、難しいものになってきています。
売上をあげられないのは営業だけのせいでしょうか?
もっと言うと、ダメ営業のせいでしょうか?
会社が強くならないことを、ダメ営業のせいにしていないか?
ダメ営業のせいにだけして、問題の本質から目を逸らしているだけではないでしょうか?
ダメ営業も、ダメになりたくってやっているわけではありません。
もっと組織的、システム的に支援することで営業を変えることができるのではないでしょうか。



期待と仕組みは別もの

出来るからイイよねを聞くと、馬鹿らしくなる
デキル営業の人が、会社に言わないことを知ってますか?
土日も関係なく、いつも仕事のことを考えている。
提案書を作るのが遅いのは、日頃から考えていないから、ゼロから考えていれば、時間が掛かるのは当然。
自分らは、日頃から考えて準備している。
だからスピードよく提案書も作ることができる。
また、営業を進める上の自分なりのメソッドも築いてきた。
これらは、すべて最初から出来ていたわけではない。
少しずつ作り上げてきたもの。
誰もがそんな形で仕事に取り組むことを期待してはいけない。
期待するのは自由だが、会社として期待するのは間違っている。



デキル営業のノウハウ共有の困難さ

単に会社のサーバーのハードディスクに情報やファイルを保存すれば、それは、全員で共有していることになる。
それが、サーバーのファイル共有という機能だからだ。
また、情報を置いておけさえすれば、見ない方が悪いという判断基準も作ることができる。
これでは、本屋に本が並んでいるのとなんら変わらない。
本屋に本が並んでいるから、みんなが、本を読んで、勉強して、賢くなるか?
そんなことはない。
さらに、少し進めて、情報をカテゴリに分けたり、全文検索できるような仕組みを提供したとしても、それは、図書館の書籍インデックスの仕組みとなんら変わらない。
図書館があれば、賢くなるかと言えばという。
そうはならない。
つまり
・素材収集の困難さ
・形式知を入力させる困難さ
・暗黙知の形式知の転換の困難さ
・知識検索の困難さ
・知識の血肉化、分析の困難さこれを全社員で行うことは、無理である。
出来るとしたら、師弟関係で、長い時間を掛けて行うものだと思う。


人は、そもそも優秀な人からは学べない

「君は出来るからイイよねを言われる」と、馬鹿らしくなる。
優秀な人はそもそも習慣が違う。
土日も関係なく、いつも仕事のことを考えている。
アタナが提案書を作るのが遅いのは、日頃から考えていないからで、ゼロから考えていれば、時間が掛かるのは当然。
日頃から考えて準備もしている。
だからスピードよく提案書も作ることができる。
また、営業を進める上で、自分なりのメソッドを修正しながら築いてきた。
これらのノウハウは、すべて最初から出来ていたわけではない。
少しずつ作り上げてきたものである。
一夜にして出来るようになるものではない。

俺とすべて同じことをすればいいじゃん。
そうすれば、君もデキルになるよ。
これが、デキル営業の本音である。

その習慣を24時間真似出来ない限り、同じように優秀になることは出来ない。
経営者も、同様で、経営者には、経営者固有の習慣がある。
その習慣を持ちあわせていなければ、いくら優秀でも経営者にはなれない。
つまり、属人的な習慣や才能をベースにして出来上がっているものは真似したり、近づいたりすることは本来出来ない。
誰もがそんな形で仕事に取り組むことを期待してはいけない。
期待するのは自由だが、会社として期待するのは間違っている。
そんな会社には未来がない。



デキル営業を目指しても8割の営業は無駄に終わる

今までが書いて来たデキル営業を見て、目させばデキルと思う人は、上位20%に入れる人である。
それ以外の80%の人は、その努力は無駄に終わる。
たとえば、できることから1つづつやればいいと言えば聞こえはよいが、それすら出来ないのが現状だったりする。
また、1つ出来たからといって、それが、即売上につながるかと言えば、それも難しい。
営業は、複合的な要因がすべて1つになったときに、売上という成果を得ることが出来るものである。


営業のKPI

営業の究極のKPIは売上高、利益額になる。
また、必ずデキル営業のKPIが判断基準に採用される。
営業で設定されているKPIを見れば、その営業組織の特徴がわかります。
・細かく設定されている
・KPIごとに責任者が存在する
・KPIごとに目標に達成しない場合は、どうすれば達成するのか考えて行動を軌道修正している


KPIの数字に落とすことで、矛盾が見えてくる

矛盾が見えれば、そこを直すだけになります。
提案件数KPIは達成しているのに実績が出てこない。
その提案は、既存顧客に対する提案なのか、新規顧客獲得のための提案なのか?
提案している相手は、決定権限を持っている人なのか、窓口の担当者なのか?
提案してからクロージングするまでに、平均してどれくらい期間と提案回数が必要になるのか?
その提案には、競合がいるのか、いないのか?
このように、掘り下げていけば、直さなければいけないところが見えてきます。

KPIを細かく設定するということは、何をしなければならないのか考えることになります。


KPIの問題点は、

KPIは、数値にならないことは評価対象にならないので設定しない。
つまり、KPIの問題点は数値化できないことは扱わないということ。
もうひとつは、一度KPIを設定すると、
その数字を達成させるために、
長期的に見てダメなことであっても目先の数値のために動いてしまう。


営業は数値化できなことがたくさんある

効率や生産性だけで営業は語れません。
非効率であっても、長期の信頼関係を築くためにやらなければならないことがあります。
しかし、そこに時間を費やしていると目先の売上は上がりません。
今月の売上が0円ということにも成りかねません。
このトレードオフの関係をどう解消するか?
この課題の取り組むのが、このコンテンツの中で伝えたいことになっています。


「営業の質」は一番評価しにくい。

現状の営業は、陰の努力や将来のための活動などはほとんど評価されません。
また、攻めの営業をした場合は、それに比例して失敗も増えますが、
営業とっては、失敗は、成果ゼロは、マイナスの評価対象になります。
これが、まさに営業の現実です。

だとすると、誰も攻めの営業をしなくなります。
営業の質を上げていこうと努力もしなくなります。


営業生産性を検証する

売上は「営業の質」と「営業の量」の掛け算で決まります。
どんなにセンスのいい人でも、営業しなければ、成果はゼロになり、
また、どんなに訪問を繰り返しても、提案内容が顧客にあっていなければ、成果はゼロになります。

鉛筆を斧で削ることも、木をナイフで切ることも、誰が見ても生産性が悪いと思うでしょう。
使い方を間違えるていると、どんなに努力しても生産性はあがりません。
当たり前だと思うことでしょう。
ただ、営業は、これに近い、無駄な努力をしているケースがあります。

同じ商材を10名の営業が担当して、
誰が一番売上が高いか?だれが一番早く手間を掛けずに売ることが出来るか?
つまり、一番の人が、営業の生産性が高いということになります。

では、その商材が、
とりあえず説明さえすれば売れてしまうという比較的安価な商材を売る場合と
革新すぎてなかなか理解してもらえず、しかも高価な商材を売る場合では、
同じ担当者が、それぞれ1番を獲得するでしょうか?
やってみないとわかりませんが、違うケースも出てくると思います。

つまり、営業の生産性は、扱う商材によって、違ってくるということです。


人気の新商品は営業の’質より量の戦略で

爆発的な人気の新商品。
誰もが欲しがる商品。
常に在庫切れが生じてしまう商品。
このような商品であれば営業力は不要です。
とにかく、資金と人を大量投入して、営業量を増やします。
それだけで、売上はどんどん上がっていきます。
まさに、営業の質より、営業の量を増やす戦略が企業成長を導きます。


営業は芸術でもなければ、話芸でもない。

営業は、人が基本。
この方向で考えている企業は強くなれません。
個性で勝負している世界になっているからでです。
ただ、業種によっては、これでもいいケースがあります。
代表的なのは、商社です。
商社は、個人商店的な慣習がまだ多くの残っています。